「ちょうどよかった」
パルディスディアイの温室で。セノの顔を見るなり、ティナリはそう言った。
「何か手伝うか?」
それも慣れたもので、セノはティナリの方へ歩み寄りながら手伝いを申し出る。こう言う時、ティナリは大抵何かしら作業をしているし、セノにそれを手伝わせる。セノもそれをむしろ喜ばしく感じているから、いつの頃からか自ら手伝いを買って出るようになった。
「ありがとう。その鉢植えを外に持って行きたいんだけど数が多くてさ。セノが急ぎの用じゃないなら、手伝ってくれると助かるよ」
分かった、と短く返事をしてセノはティナリが指した鉢植えに手を伸ばした。
陽の光が西から温室に差し込み、ガラスを通してどこか緑がかった光と、夕陽特有の柔らかい橙が混じり合う。
学生の頃から、ティナリは研究のためにパルディスディアイによく足を運んでいた。教令院を卒業して数年経った今も、アビディアの森では足りない研究素材を得るためにティナリは度々ここを訪れている。今日も、ガンダルヴァー村にティナリを訪ねて行ったセノだが、そこでティナリがここにいると聞いて行き先を変更したのだった。
「ごめんね、いきなり手伝わせちゃって」
「気にするな」
「後で何かお礼するよ。――それで、僕に何か用事?」
ティナリの言う通りに鉢植えを温室の外に運び出し終え、二人で植え込みの縁に腰掛ける。高さもないため、並んで胡座をかくような形になる。
「いや、特に用はないよ。ただ……」
ちら、と。ティナリの瞳を見る。吸い込まれそうなそれは、昔から変わらず不思議な色を湛えている。
「ただ?」
「ティナリの顔を見たくなったんだ。しばらく会えていなかっただろう? 時間ができたからティナリに会いと思って」
促されて答えるが、当のティナリからは反応が返ってこない。さり、と手を擦り合わせたのちその顔を覗けば。
「あ、ちょっ……見ないでよ」
さっと手で顔を隠すが、その頬は白い肌に映えるほど紅く染まっていた。
「ティ――」
「君が可愛いこと言うからだよ……もう」
ぶつぶつと呟きながらティナリは立ち上がる。
「ちょっと、ここで待っててよ」
それだけ言い残すとティナリは温室を出て行ってしまう。
取り残されたセノは先程の自分の発言を思い返す。……確かに、言われてみれば少し恥ずかしいことを言ったかもしれない。だがあれは紛れもないセノの本心で、素直な気持ちで。それを伝えたことに悔いはなく、むしろ満足している。
「セノ」
名前を呼ばれて、振り返る。ふわりと花の芳香がしたと思えば赤い何かが視界の端を掠めていった。
「うん、似合うね」
満足げなティナリの笑顔が目の前いっぱいに広がる。
「何を……」
「ほらこれ。さっきのお礼だよ。ドライフラワーの飾りなんだけど、君の髪に刺さってたら似合うかなと思ってさ」
さすがにこれをばらすのは忍びないからこれはこのまま持って帰って、執務室にでも飾ってよ。そう言いながらティナリはセノの手に赤いドライフラワーの置き装飾を押し付ける。それは赤い花の他にも、小さな花やグリーンも共に飾られていた。
「もし髪に花飾りが欲しかったら、次は生花をあげるよ」
悪戯っぽく笑いながら、ティナリはセノの髪で遊ぶ。
「俺には似合わないだろう」
「そうかな? 赤い花はセノの目と同じ色だし、白い髪にはよく映える」
君なら似合うよ。そう笑ったティナリは花が綻ぶような、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
敵わないな、と。内心白旗を上げて、セノは赤い花を受け取った。